「カルピス」ということばの音には爽やかで明るい雰囲気を感じ、「どぶろく」には何となく重たく淀んだようなものをイメージします。
「桃色」と「ピンク」はどちらも意味は同じですが、「ももいろ」という音には穏やかなものを感じ、「ピンク」からは明るさやキュートな雰囲気を感じます。そのため赤ちゃんの頬を言うときは「ももいろ」というより「ピンク」というほうが赤ちゃんの頬の実感がよく伝わるし、お年寄りなら「ももいろ」の方うが、その様子がより印象深く伝わるのです。
ことばの「音」が伝えるこのようなイメージ(表情)のことを「音相」といいます。
音相は同じことばを使う人たちが、ことばの音に同じように感じている感性といってもよいでしょう。 音相論はことばが作るイメージと、それを伝える音の関係を、音声学や心理学や言語学などの知識を借りながら明らかにした理論です。
ことばの音のイメージは感覚的なものであるため、学問の対象にはなっていませんが、音の面からことばを見ると、文字を中心に考えてきたことばの奥にある不思議な世界が見えてくるのです。
最近の若者たちには、漢字の読めない人が増えています。
しかし字が読めず意味がわからなくても、彼らは日常さほど不便を感じていないようです。 彼らは意味からでなく、音から伝わるイメージ(表情)でことばの実態を捉える感覚が発達しているからです。
例えば、「厳格」(げんかく)という語の意味や文字を知らなくても、その音の響きから「厳しさや威圧感のようなもの」をイメージしたり、「アネモネ」という音を聞くだけで、モノその物を知らなくても、暖かさややさしさのようなものを思い描けるからなのです。
昭和の初め、「ランデブ-」、「銀ブラ」「モボ、モガ」などということばが流行りました。これらの語は暗く沈んだイメージをつくる有声音ばかりでできていて、若者たちがこの語の意味に感じる明るくほのぼのとしたものとは反対の音でできたことばです。
意味と音のイメージがこんなにチグハグなことばが10数年間もはやり続けたということは、当時の人たちがことばの音にいかに無関心だったかがわかるのです。
それに比べて現代人はどうでしょうか。
「カッコいい」「チャパる」「超」「デパチカ」「やばい」など、新しく生まれることばはどれも意味にふさわしい音でできていますし、「ビッグ・エッグ」、「E電」、「DIY(ディ-アイワイ)」、「WOWOW(ワウワウ)」のような音の響きの悪い語は、発表になったその日から、進んで口にする人はいないのです。現代人にはそんな感性があるからこそ、「ルイビトン」、「ディオール」、「アルマーニ」、「ティファニ」のような意味がまったくわからないブランド名でも、音が良いだけの理由で好んで使っているのです。
ネーミングを作る人たちは、現代人がこのようなすぐれたことば感覚を持っているということと、ネーミングをどんな感覚で見ているかを正しく捉えていなければならないのです。
私はこれまで、ネーミングの制作現場を多く経験しましたが、音についての検討はどの現場でもまったく行われておらず、昔ながらの意味や見た目を中心とする討論だけで行われているのが現状です。その理由は「イメージ」は感覚的なものであるため、それを説明するには音相理論という厄介な知識が必要なため、作業のしやすい意味や文字を中心としたもので行なうことになるのです。
だが、そうしてできたネーミングが、いったん決まって社会へ出ると、耳の肥えた世間の人々は音の良し悪しを中心に評価を決めているのです。送り手は意味や見た目や専門家の感覚で送り出し、受け手はそれをほとんど音のイメージで評価をする・・・このすれ違いがヒット・ネーミングが生まれにくい大きな理由になっているのです。2~3年だけ売れればいいような短期的な商品なら、意味やデザインやキャラクターなど映像的なもので一応の効果は挙げれますが、長期的に使われる社名やブランド名などには、奥の方から滲(にじ)み出るような何かがなければならないのです。
先日研究所を訪ねてこられた女性に、次のような質問をしてみました。「貴女は、翡翠(ひすい)という宝石にどんなものをイメージしますか」。彼女から、次のような返事がきました。
「①爽やかで、②純粋、③高潔・・・④情緒があって、⑤賑やかで・・・⑥庶民的・・・でしょうか」
そこで、コンピューターから次の分析表を取り出してお見せしました。
「貴女が感じたものは、コンピューターでは、
だが貴女はこのほかに、分析表に出ていない「賑やかさ」と「庶民的」をあげられましたが、それはどういうイメージによるものですか」
「翡翠は母が好きだったので、つい亡くなった母のことが浮かんだのです」
それらが分析表に出ていないのは、どちらも貴女の個人的な感覚で、一般的なものではないからです。 貴女はたくさんの正解を上げておられ、優れたことば感覚をお持ちであることがわかるのすが、この分析表には貴女が捉えていないものが次ぎのようにたくさん出ています。
これらはみな「ヒスイ」という音に対して平均的な日本人が感じる感覚です。感性豊かな貴女は、字遺憾をかければもっと捉えられるでしょうが、音相分析では合計18のイメージを取り出しました。音相分析がいかに極微の世界を捉えているかがお分かりいただけるでしょう。
当研究所では、ことばの音相解析を行うため、2つのソフトが働いています。
1つは、別欄の「分析と評価のk実例」でみられるように、「ある語がどのようなイメージをもっているか」を取り出すもの(Onxonic vo1)。いま1つは「あるイメージを表現するにはどんな音(音相基)を使えばよいか」が捉えられるもの(OnsonicⅡ)です。
2つ目の大量の案の中から候補案を取り出す作業は、これまで制作関係者たちの手作業で行っていましたが作業の過程で個人の好みや主観が入ったり、選択基準にブレが出たりしてせっかくの優秀作が落とされる例が多くありましたがそれらが全面的に解消されたのです。 これら2つのソフトを組み合わせることで、ネーミングの制作サ行でこれまで考えられなかった種々の手法が可能にになりました。
例えば、ネーミングに表現したいその商品のコンセプトを予めコンピューターに記憶させておき、それに多数のネーミング案を入力すると、個々の案のコンセプト達成度が順序をつけて取り出されます。
そのようにして絞り出された上位の優良作を、「Onsoni.voⅠ」にかけることさらに精緻な分析を行って最終案が得られるのです。商品群ごとに行うコンセプトの設定や、コンピューターが取り出した結果の感性的な評価などはご依頼主のご意向を伺いながら、専門家が責任をもって当たります。
バブルの時代、各企業では将来生産される商品のためにネーミングを商標登録しておく施策が広く行われました。そうして登録された大量の商標が、いま企業の金庫で未使用のままストック商標として眠っています。
その数は消費財を生産する中堅企業でだと1万語ぐらい、大企業では数万語の会社も少なくないといわれています。 企業では、登録された商標は各事業部が管理運用していますが、、各企業ではその商標権の維持のため多額の費用をかけています。
商標登録の申請は、化粧品、薬品、衣料品、食品、電気製品、コンピューター、自動車、出版など、45の「区分」ごとに行います。そのため登録にあたっては、商品と無関係な区分についても同じ名称で申請するため、1語のときでも45区分の半分くらいの区分に申請することが少なくありません。
そのようにして認可をうけた商標は、10年ごとに一区分15万1千円の更新料を支払うことになりますから、1.000語を20区分に申請してある会社では、商標権維持のため、10年ごと30億2.000万円、毎年平均3億200万円の支出となります。(この金額には弁理士費用などは含まれません) この支出については企業内でも常々問題にはなりながら、商標の客観的価値評価ができる理論や技術がなかったため、やむなく支出しているというのが現状です。
しかしながら、それほど費用がかかっているストック商標で、将来使えるものがどれほどあるかが問題です。 「そういうチェックは、わが社では実施済み」と思われるかもしれませんが、ネーミングの良否を商品コンセプトとの関係で評価できる技術は音相解析法をおいてほかにはありません。企業内のネーミングの専門家に、音相解析のできる人はいませんし、作家や作曲家などことばの専門家といわれている人でも大衆の平均的感性と言う客観的視点に立って評価ができる人はおりません。私の経験からみて、企業内で保有しているストック商標の三分の一以上は、持続しても将来使用に耐えないものと考えてよいように思うのです。
そこでストックしている商標が、商品コンセプトから見て将来使用に耐えるものかどうかのチェックをしなければなりません。 その調査は2つのOnsonicソフトを用いることで、容易に可能となります。
まずストック商標をコンセプトごとに区分し、コンセプトをコンピューターに記憶させたうえ、該当するストック商標名を入力して個々の語のコンセプト表現度を捉えるのです。
分析の結果、その商品群に適さないと判断されたものは、他の商品群や他事業部へ回したり、社内で使えないものは対価を得て社外へ譲渡することとなるのです。