10月の記事一覧
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10月の記事
「ネーミングは音が大事」と私は常々いっているが、音のよさに意味のよさが加わればさらに効果が上がることは言うまでもない。
この夏アサヒビールが「今までにない爽快さ」といううたい文句で売り出した「ぐいなま」は、そういう優れた例といってよいようだ。
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表情解析欄を見ると「シンプル、高級感、個性的、安らぎ、強さ、派手さ、若さ」が高点でならび、情緒解析欄は「叙情性、神秘的、不思議な感じ」などがあって、ビールの名前にほしい表情を余すところなく捉えているのがわかる。
だが、この語のうまさはそれに加えて表情解析欄の最高ポイント数を50,0と低めに抑えたことにある。
ポイント数を抑えることで、表情語のもつケバケバしさが全体的に抑えられ、そこに奥行きや深さのようなもの生まれてくる。この語の場合、それがビール個有の「ほろ苦さ」をイメージさせていることだ。
「フーガにはあなたを熱狂させるオーラがある」というのがこの車のキャッチ・フレーズだが、この語の音にはどんな「オーラ」があるのか、音相分析でとらえてみた。
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分析表を見ると優雅さをつくる表情語「非活性的、安定感、高級感、高尚さ」と、実用性や庶民的ムードをつくる表情語「シンプル感、庶民的、派手 、軽快感、活性的」がほどよく配分されていて、高雅な中に実用性を取り入れた優れた感覚が読み取れる。
だが、情緒解析欄を見ると「長期的」「人肌の温もり感」「スピード感」「クラシック感」があるだけで、「熱狂させるほどのオーラ」はとくに見られない。
ことばの音で壮大なオーラを感じさせるには、3拍(音)という少拍では無理があったように思われる。
雑誌[宣伝会議]10月号@で、「人を動かす、社会を動かす言葉の力」という特集が組まれたが、その冒頭で木通所長が「言葉が持つイメージと時代性」というテーマで、ネーミングを音で評価する新しい考え方と技術を発表した。
人は誰も生まれながらの天性や経験などから個有のカンを身につけている。カンとは感性や感覚や直覚などを含んだことばだが、それらが人の性格や個性の一部を作っている。
また芸術家に見られるように、その人にしかない個有のカンが、作品の価値を決定づける場合もある。
このように、カンは個人にとってかけがえのないものではあるが、ネーミングの制作においてはそれが好ましくない結果をもたらすことも少なくない。
ある会社が大事なネーミングを決める際、有名な作曲家を審査員に委嘱した。ネーミングにとって音の大切さを知った社長が音の専門家として作曲家を選んだのだが、作曲家の意見で決まったものが、巷間ではひどい不人気を買い、2年足らずで使用を廃止したという(有名な)例もある。
このことは、同じ「音」でも作曲家がもつカンとネーミングに必要なカンは全く異質なものであることを示している。
ネーミングの制作で必要なカンとは何か。
それは、「平均的な大衆がもつカンを捉えるカン」なのだ。
これを身につけるには、音についての幅広い学習と、訓練(というより修行に近い)が必要となる。
ネーミングの制作にたづさわる人の中には、ことばの音に自信をもっている人が少なくないが、主観や好みは本人が意識しないところで参入し、意外な作用をするものであることを謙虚にまなばなければならないのだ。
分析表と数十年間取り組んできた私だが、いまも主観の排除と厳しく向き合う毎日なのである。
分析表をいろいろ工夫しながら読んでみても、表情が浮かんでこないことばに出合うことがある。
そういうことばを並べてみると、次の7つの種類があるようだ。
(1) 曖昧さや弱さを意味に持っている語
曖昧さや弱さを意味そのものがもっている語は、明白な表情をもたないものが多い。これは音相論的には当然のことで、そういう語は優れた音相を持つ語といってよいものだ。
この種の語の多くは表情解析欄の最高ポイント数が50ポイント以下と、低いものが多い。擬声語、擬態語のほか、次のような語も含まれる。
(例)ギクシャク、しとしと、あいまい、ほのぼの、そろそろ、まぼろし、おもろい、悪魔…など
(2)複雑な内容を持つ語
複雑な内容を持つ語は、表情語の中に陽と陰、強さと弱さ、静的と動的、活性と非活性など反対方向を向くものを多く含んでいるため、明白な表情が見えにくい語となる。
(例、UFJ、JR、DOCOMO、JA、ニコン・・・
(3)意味や字形を中心に作られた語
意味や字形を中心で考えた語は音への配慮はほとんどないから、音相を分析しても表情の見えてこない語が多いのは当然といえる。
法律用語や学術用語などのほか、意味中心で作ったと思える次のようなことばもある。
(例)告別式、鎮魂歌、露骨、病気、激突、悪魔、激辛、爆発、海峡、躍動、デッドロック、キャバクラ、ボキャ貧、ブルドッグ…
(4)政治的その他、特殊な意図で作られた語
これらは市町村合併による新しい地名や会社の合併などで起こる例が多い。
大森区と蒲田区の合併でできた「大田区」、更級郡と埴科郡が合併してできた「更埴(こうしょく)市」、三井銀行と住友銀行の合併でできた「三井住友銀行」…など。
(5)定められた命名法に基づいて作られた語
学名、学術用語、法名などに多い。
(6) 数字や記号が中心でできた語
一番町、二番町…、一丁目、二丁目…、一号館、二号館…、A地区、B棟…など、これらも数字や記号という「意味」に中心がおかれているからだ。
(7) 他援効果を目的に作られた語
他援効果とは、語の中の一部の音(拍)を強調するため反対の音価を持つ拍を多く用いる手法をいうが、この種の語を分析しても、正常な音相を取り出すことは不可能だ。
(例)どくだみ茶、オロナミンC、午後の紅茶、リポビタンD…など
高校野球を制覇した斉藤佑樹(早稲田実業)が青いハンカチを使ったことで「ハンカチ王子」の異名がついてブームになり、この語が誰かに商標登録されたという。
ハンカチということばの入った商標名がどれほどあるか、特許庁のHPを調べてみたら、22件、その中に「菓子およびパン」の類に「ハッピーハンカチ」というのがあった。
これら2つのことばにイメージの大きな違いを感じたので、そこにどんな違いがあるのか、音相分析行ってみた。
「ハンカチおーじ」
佑樹君の別名となっただけあって、この語もまた前月のこの欄でご披露した本人の名前と大変よく似た次のような表情語をもっている。
暖かさ 強さ、鋭さ 個性的 シンプル
これに対して
「ハッピーハンカチ」の表情語は
活力感 シンプル 庶民的 さわやか
個性的 軽やか 現実的
と出た。
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*左)ハッピーハンカチ 右)ハンカチおおじ
すなわち「ハンカチ王子」は、ポイント数を全体に低く抑えたため奥行き感や存在感がみられるのに対し、「ハッピー・ハンカチ」は活力感や庶民性などを高ポイントで表現し、若さや活力感などを開けっ広げに表現しているところに両語大きな違いがわかる。
このことから、「ハンカチ王子」はどんな商品に使うのかその選択が難しい語であることがわかるし、菓子やパンの類で登録した「ハッピーハンカチ」は、明るく活発な若者や年少者向け商品にはよいが、高級な菓子やパンにつけるとあまり成果が上が期待できないことがわかるのだ。
どちらも、秋を感じ始めた季節をいうことば。意味のうえでは同じだが、日本語を話す人ならこのイメージの微妙な違いを感じることだろう。
その違いを音相分析で音取り出してみた。
これらの分析表を比べると、「情緒解析」欄ではどちらも「曖昧感、情緒的、ためらい感、穏やか、クラシック感、不透明感、神秘的、哀感、孤高感、寂しさ、大らかさ」をもっていて、ほとんど同じ情緒を伝えことばであるのがわかるが、表情解析欄を比べると、次のような大きな違いがあるのがわかる。
表情解析欄のトップ部分の表情語を比べると、
「しょしゅう」・・・高級感、安定感、静的、優雅さ…
「はつあき」・・・爽やか、清らか、若さ、溌剌さ、個性的…
で、「しょしゅう」のトップにある高級、優雅な雰囲気をつくる表情語は、「はつあき」ではすべてゼロポイントになっている。
このことからどちらの語も、同じような情緒を持ちながら「しょしゅう」は「高雅」さを中心に、「はつあき」は「若さや溌剌さ」を中心おく語であることがわかるのだ。
ブランド名を「トヨダ」から「トヨタ」へと改称(1936年)して今年で70年目に当たるが、読売新聞では9月26日朝刊の「コラム」欄でそれを次のような記事(要旨)で紹介した。
『その年の夏、クルマ専用のマークを公募したところ、濁音のない「トヨタ」が選ばれた。選んだ理由としては「デザイン的に濁点のないほうがスマート」、「8画で起がいい」などが上げられたが、その翌年会社名も「トヨタ自動車工業」になった。ブランドやネーミングの重要性を考えると、トヨダのままだったら今日の隆盛はあっただろうかと興味が沸く。
そこで、企業や商品のネーミングを数多く手がけている木通隆行・音相システム研究所代表に尋ねてみた。木通さんは「ダ」(有声音)を「タ」(無声音)に代えたことで、「穏やかさ」から「明るさ、モダンさ」へとイメージが変わる。そのためトヨタの方が軽やかで、機械文明を代表するクルマに相応しいネーミングになっているし、世界へ打って出ようという意欲もそこに感じられると、70年前の決断を評価している。
ことばにも「リズム、メロディー、ハーモニー」がある。
リズムとは等時的な音の区切りのことをいい、それは、拍(音節)によって作られ、メロディーは音の明暗と強弱が時間の移ろいの中から生まれるもの。
また、ハーモニー(音の調和…響き合い)は拍を構成する調音点音種(音を出す場所…喉頭音、前舌音、両唇音)、調音法音種(音を出す方法…破裂音、摩擦音、破擦音、鼻音、流音、接近音)、および声道音種(声帯を振動させて出す音か否か…有声音、無声音)の3種の調音種に違いによって作られる。
ことばが作るイメージは、これらリズム、メロディー、ハーモニーの中から生まれてくる。
平素われわれは、ことばの音について無頓着だが、発話をするときも書くときも、実際はこれらを無意識に按配しながら使っている。
そこには、作曲家が五線譜に音符を乗せてゆくのと同じような感性の営みがあるのである。
「キャ、キュ、キョ、ニャ、ニュ、ニョ」などの音を拗音という。
拗音は二重子音ともいわれるように、2つの子音を持った拍(音節)である。
古くから使われてきた「やまとことば」(和語)には拗音はほとんどなかったが、漢語や西欧語の流入とともに多用されるようになったもの。
そのため拗音は、日本語の音韻の中では異国的、近代的な表情を作る。東京方言には歯切れのよさやモダンさがあるとよく言われるのは、「しちゃう」「いらっしゃる」「いっちゃった」など、拗音が多く使われているのが原因だといえる。
拗音の中には子音のあとに「j」(一般的には「y」)をつけて表示するものが多く(例…ギャ=gja)、拗音の音価は直音(g…−B2.0 H1.0)に「j」(ヤ行音…+B0.5 H0.5)を加えたもの(gj=-B1.5 H1.5)がギャ行の子音部分の音価となる。
国語学では「シ、チ、ツ、ヂ、ジ、ヅ(ズ)」音は、拗音ではなく直音とされている。それはこれらの拍が日本語で仮名一字で表記されることと関わりがあるが、ことばの音を捉える「音相理論」では次の理由で、これらは拗音として扱っている。
「シ」について……… サ行音の音声記号はsa.∫i.su.se. soだが、「シ」はsi(スイ)に「j」を加えた「sji=∫i(シ)」で発音されているからだ。このことはサ行音の∫i(シ)がシャ行音(拗音)の∫i(シ)と同じ発音であることからも実証できる。
「チ」「ツ」について……タ行の「チ、ツ」の発音も「ティ(ti)」「トゥ(tu)」とは発音しないから、間に「j」が入った
拗音と見るのが正しい。
このことは、タ行の「チ」とチャ行の「チ」が同じ発音であることからも証明できる。
「ヂ」「ジ」について……ダ行の「ディ」(di)、ザ行の「ズィ」(dzi)の音は一般では、「ジ、ヂ」(ともにd?i)と発音するから二重子音(拗音)となる。
「ヅ」「ズ」について……「ヅ」(ズ)はダ行の「ドゥ」(du、zu)も「j」の要素を加えたdzu「ズ(ヅ)」であるから拗音となる。 拗音が2音連続すると言いにくさ(難音感)が生れるが、次の語が言いにくく感じるのも、「シ、チ、ジ、ツ、ズ、」が拗音である証拠といってよいだろう。
・社史(しゃし)・支所(ししょ)・子女(しじょ)・死去(しきょ) ・治療(ちりょう)・磁石(じしゃく)・事業(じぎょう)・事情(じじょう)・頭上(ずじょう)・技術(ぎじゅつ)
ネーミングについてさらに詳しく知りたい方は、このサイトの姉妹編公式サイト「ネーミングはこれを知らずに作れない」をあわせてご参照ください。
「ネーミングはこれを知らずに作れない」はこちら 「日本語の音相」(木通隆行著、小学館スクウェア刊)はすでに絶版となっていますが、ご希望の方は当研究所からお頒わけいたします。
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