12月の記事一覧
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12月の記事
……良くないことばが消えない理由
若者たちの会話に出てくる『合コン』ということばを分析したら、次のような結果が出ました。(カッコ内はポイント数を示します)
分析表に現れた表情語は「静的(60.0)」を筆頭に「安定感(54.5)、高級感(50.0)、高尚さ(27,3)、暖かさ(13.6)」など、情緒的 なイメージを作る表情語ばかりが並んでいて、この語の内容を表すのに必要な「若さ、賑やかさ、明るさ、合理性、現代性」などの項はゼロポイントで、全く捉 えていないことばであるのがわかります。
このように、日常語の中にも表現すべきコンセプトを音が捉えていない「不良語」がたいへん多くあるのです。
人々の音相感覚が高度に発達した現代なのに、なぜそんなことばがたくさんあるのでしょうか。
それは、代わるべき良い語が出現しないためやむなく使われているにすぎないのです。最近ではそういう語彙の不足をカタカナ外国語が補ってくれている例が多く見られます。(木通)
情緒とは、美しさ、やさしさ、懐かしさ、神秘さ、不思議な感じなど、「表情」よりも幅や奥行きのある「気分(mood)」や「雰囲気」のことをいいます。
情緒の定義については心理学には諸説があるようですが、次元の高い感情といわれている「情操」(sentiment 仏)に近いことばと考えてよいようです。
音相論では、ことばのイメージは表情と情緒の両方から捉えることで、初めて得られるものと考えています。
「情緒」は定められた複数の表情語が語の中の高点の部分、または低点部分にまとまって存在しているときに生れるもので、その1部を次にあげてみました。
○表情語「躍動感、進歩的」「新鮮さ、新奇さ」「動的、活性的」「強さ、鋭さ」が低ポイント部分にあるとき
・・・・・情緒語「あいまい感、情緒的、ためらい感」
○表情語「シンプル、明白さ」「個性的、特殊的」「強さ、鋭さ」が高ポイント部分にあるとき
・・・・・情緒語「孤高感、孤立感」
○表情語「若さ、溌剌さ」「清らかさ、爽やかさ」「暖かさ、安らぎ」「高尚、優雅さ」が高ポイント部分にあるとき
・・・・・情緒語「幼児的、メルヘン」
○表情語「シンプルな、明白さ」「派手、賑やか」「強さ、鋭さ」「現代的、都会的」「明るさ、開放的」「健康的、清潔感」が高ポイント部分にあるとき
・・・・・情緒語「スポーティー」
○表情語「動的、活性的」「派手、賑やかさ」「暖かさ、安らぎ」が低ポイント部分にあるとき
・・・・・情緒語「孤立感、寂しさ」
・・・・・
(木通)
Q.
英文学科で言語学を学んでいるものです。現在、日米語間の音素のイメージ比較に挑戦していますが、言葉の表情を比べるとき、音素の違いとい う壁にぶつかります。それを説く手がかりとして、私は感動詞や擬態語、擬声語に着目していますが、Sapirの著書によれば、音素体系から異言語のイメー ジ比較を行っても意味がないと出ていて戸惑っています。
音相理論では、日米語間のイメージ比較は可能でしょうか?
(日本女子大学 高橋晶)
A.
言語学では、語音の単位は音素の段階までですが、イメージを比較するには、音素を構成している音相基のレベルで捉えなければ得られません。
音相基とは、ことばの表情を作る最小単位のことで、多拍、少拍、無声化母音、濁音、順接拍、逆接拍など40種のものがあります。
シャネル、ロールスロイス、ティファニー、など有名ブランド名はどこの国でも同じようなイメージで聞かれ、同じように好感を得ているのをみても、ほとんどの言語に共通する感覚分野があることがわかります。
音素は語音を物理的、生理学的に捉えた単位ですが、音相は、音素に含まれている音相基で捉えるため、言語が持つ「イメージ」(感性)の分野が見えてくるのです。
しかしながら、異言語の比較を行う場合、「音の使い方の慣習」(音用慣習)に違いがありますから、どうしてもそこに限界があることを考慮に入れておかねばなりません。
なお、音相論では、感動詞や擬態語の比較はまだ手がけていませんが、擬声語には共通点がたいへん多いという結果を得ています。
(木通)
●ゴ−ジャス感、優雅さ、安定感を作るには
[必要な音相基]
・有声音が多いこと
・濁音が多いこと
・オまたはウ音が多いこと
・総合輝性がマイナス指向こと
・総合勁性が低いこと
・摩擦音、接近音、鼻音、流音が多いこと
・多拍(コラム参照)であること
・マイナス高輝拍が入っていること
・逆接拍が多いこと
・調音種比が低いこと
〔例 語〕 優雅、芸術、銀座、美術、自由ヶ丘、美貌、不二家、帝国ホテル、プリンスホテル、グルメ、ジャズ、源氏物語、尾上菊五郎、ロイヤルドルトン、ルイ・ ヴィトン、ロンソン、ボルボ、デュポン、ルノアール、エルメス、ボシュロム、コロンバン、文芸春秋、ロールスロイス、クリスチャン・ディオ−ル、ビバリー ヒルズ、ボジョレヌーボー、ピエール・カルダン、ジョニーウオーカー、サントリーオールド、メルセデスベンツ、フォルクスワーゲン、ポンパドール、オート クチュール、ロレックス、クライスラー、ダンヒル
(注)これらの音相基は、次のような地味、暗さ、重さ、鬱陶しさなどを現わす語にもなりやすいので、ご注意を。
〔例〕愚鈍、優柔不断、ずんぐり、鈍感、暗い、不潔、鬱陶しい…
※詳しくは参考図書「日本語の音相」第2部5章参照
(木通)
片仮名書きされた外国語が日増しに増えている現代ですが、日本人がこれら外国語とどんな姿勢で向き合っているかを知っておくのも大事なことのように思います。
日本語の音韻の中で育った私たちが外国語の音を聞いたとき、それを日本語風の音韻に読み替えて、その語のイメージを作ります。そのため、日本人の好みに合わない音というのがいろいろあるのです。
そういう音をいくつか拾ってみました。
1.息の長いことばを好まない
……「デパ地下」はなぜヒットしたか
英語、ドイツ語、ロシア語など子音で終わる音節の多い閉音節の言語では、音の抑揚(メロディー)を大事にし、語や文の長さはあまり気にしませんが、1つ1 つの音節が母音で終わる開音節語の日本語では、拍(音節)の進行が作るリズムを大事にしますから、息の長いことばを好みません。
「省エネ、マスコミ、デパ地下、なつメロ」など4〜5拍の省略語が増える理由がそこにあるのです。
そういうことから、1語の長さはなるべく8拍以下でおさえる工夫が大事なのです。
2.語末の長音は好まれる
……カレーライスよりライスカレ−を好むわけ
開音節語の日本語では長音が語末にくると安定感が生まれるため、語末に長音をおく語が多く見られます。
私が新聞の社会面に出ている単語の語末の拍を調べてみたら、814単語中2155語(26%)…が長音を使っていました。
日本人は、「カレーライス」より「ライスカレー」の方に雰囲気的な安定感を感じるのです。
日本語のそういう特徴を知っていた一と昔前の人たちは、外国語を片仮名書きするとき「コピー、フリー、ブローカー、ウォーター、カー、セーター」のように語末の長音を残す配慮をしていましたが、最近は何の理屈もなく語末の長音を切り捨ててる風潮が見られます。
【語末の長音をカットした例】
データー → データ シアター →シアタ
コンピューター → コンピュータ センター → センタ
モニター → モニタ シティー → 徳陽シティ銀行
エヌ・ティー・ティー → エヌ・ティ・ティ
整然たる秩序の上にできている日本語を、わけもなしに壊してゆく、こんな悲しい流行を放っておいてよいものでしょうか。
3.新子音の入ったことば
……「フィ」や「ドゥ」がなぜキザに聞こえるのか
新子音とは、外国語の音韻が多量に流入した第2次大戦後、日本語の中で広く使われるようになった「ヴァ行音、ファ行音、ウァ行音、ティ、トゥ 、ディ、ドゥ音」やそれらの拗音をいいます。
耳新しい音だけに西欧風のモダンさやイマっぽさがあるためネーミングなどに好んで使われていますが、日本人はこれらの音に「言い難さ」からくる不快感と、よそよそしさやキザっぽさを心の底で感じていることを忘れてはならないのです。
今回は以上、3つの例をあげました。
これらは日本人には不自然さやぎこちなさを感じる音ですが、そういう不自然さを逆用して効果を上げている語も少なくありません。
例えば「ジョンソン・アンド・ジョンソン」や「ストラディバリウス」のように長拍化することで存在感や高級感を表現したり、「フェラガモ」「ティファ ニー」「ルイ・ヴィトン」のように新子音を使ってエキゾティシズムを作る例などです。だが、これらを有効に使ってコンセプトを表現してさえいれば、それも 優れたネーミングなのです。
(木通)
この夏「クールビズ」ということばがはやり、今年の流行語大賞までもらいましたが、寒い冬を迎えた今でも「ウォームビズ」という語はあまり聞かれないのはなぜでしょうか。
この語になぜ人気が出ないのか、その理由を調べてみようと音相分析をしてみました。
「クールビズ」については、このホームページ7月第2号で、私は次のように評価をしました。
『この語は「静的、高級感、安定感、暖かさ、優雅さ」など、高尚さや気品を作る表情語が上位を占め、これらを軽く支えるように「派手、新鮮、個性的、進歩 的、若さ」などが続いているし、情緒欄では「クラシック、大らかさ、夢幻的、人肌のぬくもり感」などを捉えて、上品で知的な雰囲気をもったことば…。』
と書きました。
次に、「ウォームビズ」を分析したら、表情語はクールビズとまるで瓜二つ「静的、高級感、安定感、暖かさ、優雅さ」が上位を占め、続いて「軽快感、新鮮、 進歩的、健康感」が並んでいますし、ポイント数も同じぐらいの数値で出ています。表情語だけで捉える限り、まったく同じ評価になることば同士なのですが、 人気度がなぜこんなに違うのでしょうか。
それはこの語が、前項で述べた日本人の好まない「ウォ」音を冒頭で使っているからです。
ウァ行の音(ウァ、ヰ、ヱ、ヲ)は昔は使っていましたが、ファ行音と同よう、日本人には発音しにくい音だったため「ワ」行に変わったのです。
意味的にも表情的にも、クールビズに劣らぬ優れた味(あじ)をもちながら、人々は「ウォ」音を嫌ってこの語を避けているのです。
こういうところにも、現代人の音相感覚の高さが見られるのです。
(木通)
…音相がとらえた微妙な違い
「クリスマス」と「バレンタイン・デー」。
これらのことばから受けるイメージは、前者には音楽や、イベントや、光がありの華やいだお祭りムードを感じますが、バレンタイン・デーは、製菓会社の宣伝に乗ったチョコレート・デーの感はあっても、宗教的な荘厳さを強く感じることばです。
このようなイメージは、音の違いによって生まれることが多いので、両語の音相を比べてみました。
「クリスマス」の表情語は、上位の部分で、「清らか、現代的、躍動感、活性感、若さ、軽快感、明るさ」など、若さや華やかさ、賑やかさなどを捉えていて、宗教的なムードを作る表情語「静的、清潔感、安定感、高級感」などは低いポイントに抑えていることがわかります。
また、2月14日の「バレンタイン・デー」は、前記した宗教的なムードを作る表情語を上位におき、若さや賑やかさを表すものはわずかに下位の部分で見せ、敬虔な宗教行事のムードを作っています。
クリスマスはキリストの降誕祭、バレンタイン・デーは聖者バレンティーノの殉難日という違いを、どちらの語もよく捉えていることがわかるのです。(木通)
…「ポルシェ」
「ポルシェ」は古くから「スポーツカーのスペシャリスト」「走る実験室」「高スピードの精密機械」などと言われ名車の誉れ高いクルマですが、あのヒットラーの厳命によって生まれたという歴史も持っているようです。
ポルシェの魅力は機能的設計や性能と乗り心地のよさにあるといわれていますが、そういうコンセプトを、音相分析表では表情語の上位の箇所に「爽やか」、「活性感」、「合理性」、「都会的」、「若さ」、「シンプル感」、「軽快感」などで表現しているのがわかります。
また「活性感」「シンプル感」「軽快感」などを照応(響き合い)させてスピード感を表現するなど高度な表現技法が見られますし、コンセプト・バリユー欄で も「コンパクト感」や「スピード感」を捉え、男女とも「ヤング、ミドル、ジュニア」が好む音とでているのも見落とせません。(木通)
ある語がどんなイメージを持っているか、それを正しく捉えるには、自身の中で無意識に持っていることばの音に対する好みや主観的な感覚を一切捨ててかから、取りかからなければなりません。
ことばの音相を見る場合、これは何より大事なことですが、たいへん難かしいことでもあるのです。
ことばには、誰もが共通的に持っている社会性の高い部分と、個人だけが持つ主観的な感性部分とがありますが、これらの間に明白な線が引けない曖昧なゾーンがあるところに、イメージ評価の難しさがあるのです。
そのため、ことばの専門家と言われている詩人、文芸作家、コピーライターなどでも、ネーミングのイメージを評価する際、どうしても個人の好みや主観が入り ますが、個人が持つ特殊な感性を客観性のある感性と誤解して評価をしたら、その評価は誤ったものになるのは言うまでもありません。
これら専門 家といわれる人たちは、特異な感性の持ち主だからこそ、それぞれの道の専門家なのですが、個人的な感性を無上のものとする人々のことば観と、「大衆の平均 的感性」という客観的なイメージに価値を見る音相理論のことば観とは基本において相反する部分があることを、常に意識していなければならないのです。(木 通)