音相マガジン

11月の記事

2005年11月29日(火)
「野菜」と「お野菜」、音相の違い

 「お」という丁寧語がつくと、相手に伝わるイメージがどのように変わるかを、音相分析によって捉えてみました。
  これら2つの語を分析して、20種類ある表情語の中でポイント数が大きく違うものだけを取り出したら次のようになりました。(高点の方に*印)
 
  表情語 「お野菜」 「野菜」
  庶民的   *150   100
  賑やか   *50    25
  単 純    33   *50
  健康的   *27    18
  強 さ    25   *50
  合理的    20   *40
  軽やかさ   14   *27

  「お野菜」の方が「野菜」より高点が出ている表情語は、「庶民的、賑やかさ、健康的」で、「野菜」の方が高点のものは「単純さ、強さ、合理的、軽快感」であるのがわかります。
  このことから、「お」をつけると情緒的、人間的なものが表現され、「お」をつけないと、人間味や暖か味をもたない、「モノ」として表現しただけのことばであるのがわかります。「お」をつけるかつけないかで、こんなに違ったイメージが伝わることがわかるのです。(木通)

2005年11月29日(火)
「粋」と「いなせ」の情緒比較

  「粋」と「いなせ」ということば…、どちらも人生を斜(はす)に構えてみる美的意識のタイプの1つといえましょう。どちらも情緒的で、クラシックで、やや頑なさを持った人が連想できますが、一部には微妙に違うところもあるようです。
  それがどんなものかを、音相分析で捉えてみました。
  これらの語の情緒解析欄を比べると、次のような違いが見られます。

  「粋」と「いなせ」の情緒比較
     (注)「○」印は「ある」、「−」は「ない」

   【情緒解析表】             粋    いなせ  
   情緒的、あいまい感、ためらい感   〇     〇
   クラシック、穏やかさ          〇     〇
   不透明感、哀感、頑(かたく)なさ   〇     〇
   平凡な感じ、鄙びた感じ         −     〇
   夢幻的、メルヘン            〇     〇
   普通でない感じ、不思議感       〇     〇
   孤立感、寂しさ              〇     −

  どちらにも、「クラシックで頑なな情緒性」と、「他とは違う意識」が見られますが、2つの語の大きな違いは、「粋」には「平凡さや鄙びた感じ」がなく「孤 高感」があるため非凡な優雅さを感じるのに対し、「いなせ」には「孤高感や寂しさ」がなく「平凡で鄙びた感じ」が見られます。
  このことから、「粋」という語は女性に向いたことばであり、「いなせ」は男性向きのことばであることがわかります。
  昔から「いなせな若衆」「粋な姐さん」ということばが使われましたが、そこにはこのような音相的根拠があったことがわかるのです。(木通) 
 

2005年11月29日(火)
「石手寺」ということばの不思議

 
  50年ほど前、勤めていた職場の出張で四国、松山の道後へ行ったとき、この奥に「石手寺」という寺があるという話を聞きました。
  「石手寺(いしてじ)」…当時から寺や宗教などに無関心だった私ですが、そのとき不思議なことばを聞いた思いがありました。
  音相を研究するようになり、ことばの音が宗教と関わりがあることから、空海の本などを読んでいるうち、四国に「石手寺」という真言宗の霊場があることを知りました。どこかで聞いた名前と思ったとき、遠い昔の記憶が甦ったのです。

  それにしても、私にとって縁もゆかりもない名前を、何十年もなぜ記憶の底に残っていたかが不思議でしたが、ある日音相分析をしてみたところ、この語が次のような表情語を持っているのがわかりました。

   シンプル
   特殊感
   清らかさ
   庶民的
   現代的
   躍動感
   溌剌さ
   躍動感
   溌剌さ
   清潔感暖かさ
   明るさ
   鋭さ

  そしてこれらを組み合わせると、密教に見られる4つの特徴、修行の「厳しさ」、宗旨の「新しさ」、想念の「特殊性」、それまでにない「庶民性」を表現する情緒語をすべて集めたことばであるのがわかったのです。
  その関係を次に見てみましょう。

    1、「厳しさ」 ← (シンプル、特殊感,清らかさ,清潔感,鋭さ)
    2、「特異性」 ← (シンプル,特殊感,鋭さ)
    3、「新しさ」 ← (現代的,躍動感,溌剌さ)
    4、「庶民的」 ← (庶民的,暖かさ,明るさ)

  この分析から、石手寺という語が真言密教の特徴をすべて表現している優れた名前であることがわかったのです。
  それにしても、密教などとは縁もゆかりもなかった私の心に、この語がなぜ数十年も住みついていたのか。
  それは、音相のよい語が作る魔力というほかないでしょう。
  こんな経験、あなたにもおありではないでしょうか。    (木通)

2005年11月29日(火)
近松門左衛門、七、五調の秘密

 浄瑠璃作家、近松門左衛門の作品は多くが道行き(心中)物で、その種の作品は100に上るといわれていますが、私が近松に感動するのは、「音数律」の美しさを究極まで追っていると思えるところです。
  近松の物語は、7音、5音のつなぎで文章が展開しますが、七、五調が作る単調さを救うため、次のような種々の工夫がそこにあるのがわかります。

   1、脚音とそれに続く頭音の間や、頭音と次の頭音に、ほとんど同音が重複しな     い。
   2、ところどころに[脚韻]が入る。
       「この世も名残、夜も名残…(曽根崎心中)」
   3、「物づくし」(縁語)がある。
       「たった一飛び梅田橋、あと追い松の緑橋…後にこがるる桜橋」…
        (心中天の網島)
   4、異常に高い音読みの勁輝拍がところどころに鏤(ちりば)められている。
       「寂滅為楽(「曽根崎心中」)、衆生済度(「心中天の網島)…
   5、変則
    そして、これらの中に「相合炬燵、相輿の‥」(冥途の飛脚)のような頭韻の反   復や、字余りなどを交えて、絢爛たる変化を作っていることです。

  近松を愛する人は、これらはすでにご存知でしょうが、近松の音数律を拍(音節)から、音相基の単位に下げて観察すると、また新たな面白さが見えてくるのです。   (木通)

2005年11月29日(火)
Q&A 音相ネーミングの特徴は??

 Q.
  一般で行われているネーミングの制作法と、音相理論を使って行うものとの間にはどんな違いがあるのですか。 (東京・柴又tora)

A.
  ネーミングは商品が表現したいコンセプトを意味的要素と、音が作るイメージとで表現しなければなりませが、大衆の音響感覚が高度に発達した現代では、ネーミングの価値を決める大衆の目が、意味よりも「音」が作るイメージの方に大きく移っていることです。
  このことは、現在ヒットしているネーミングを分析すれば容易にわかります。
  ネーミングの制作にとって意味的表現要素は常に必要ですが、音を無視したネーミングは、いまでは成り立たない時代になっているのです。
  ネーミングの専門家たちは誰もがこのことは知っているのですが、ネーミングが多人数の共同作業で行われるため、古い作業手順からなかなか抜け出せないでいるのです。        
  音相理論を用いたネーミング作りは、意味に中心をおく一般的な取り組みのほかに、その音を人々がどんなイメージで聞くかを、客観的な根拠をもとに追求しているところにその違いがあるのです。(木通)

2005年11月29日(火)
「他援効果」とは何か

 
  「他援効果」とは、一部の音を印象づけるため、反対方向の音をその前後に配する手法をいいます。
  「他援効果」は、語の中の少数の拍のBの値(+または−)が、反対方向の拍のB値の和に比べ極度に高いときに生まれます。
  例をあげてみましょう。

午後の紅茶……明るく派手な「チャ」の音を印象づけるため暗い母音を5音も前置さ         せている。
   リポビタンD…明るく活性的な「リポビタン」を印象付けるため、暗く重たい「デ         ィー」を末尾に配している。
   オロナミンC…響きの暗い有声音「オロナミン」を印象ずけるため、明るく爽やか         な「シー」を最後に配している。
   リンゴ ………「新鮮さや爽やかさ」を表現する「リ( ri )」を印象付けるる         ため、暗く重たい「ゴ」を配している。
   すがすがしい …爽やかさ、清らかさを作る無声摩擦音(ス、ス、シ)の音相を印象         づけるため、暗く重たい有声破裂音「ガ」を2音入れている。
   キビキビ ……明るさや、活性感を作る無声破裂音「キ」を印象づけるため、暗く         重たい「ビ」(有声破裂音)を2音を配している。
  このほか「どくだみ茶、ウーロン茶、お〜いお茶、十六茶…」など多くの例があります。

  「他援効果」があるかないかをコンピュータで取り出せないか試みましたが、他援効果を作るには種々の手法があるため、不可能なことがわかりました。この種のものは人の感性にまつほかないようです。      (木通)

2005年11月18日(金)
社名『トヨタ』の、さりげないうまさ

  3年続きで最終利益が1兆円、平成18年には生産台数でGMを抜いて世界一になるといわれるわが国のトップ企業…「トヨタ」。
  そのシンボルである「社名」の音相を分析したら、次のような結果が出ました。
  表情解析欄のポイント数を見てゆくと、「実利性」を表す語(◎印)と、「技術力」をあらわす語(∨印)、「高級感、優雅さ」を表す語(○印)に3分類されているのがわかります。
  それをポイント数の高点順に並べたら次のようになりました。

   庶民的(50.0)◎     暖かさ(40.9)◎・○
   現代的(40.0)∨     合理的(40.0)∨・◎
   活性的(30.0)∨     安定感(27.3)◎・∨・○
   強 さ(25.0)∨     高級感(25.0)○・∨
   個性的(21.4)○・∨   優雅感(18.2)○
   軽快感(13.6)◎・∨   溌剌感(12.5)◎
   開放感( 6.7)◎

  合計すると 実利性(◎)…………191,0 (37,4%)
  技術力(∨)…………128,2 (25,1%)
  高級、優雅感(○)…192,2 (37,6%)

  「トヨタ」という名が会社のアイデンティティーを的確に捉えていることがわかります。
  さらにこの語のうまさは、全体のポイント数を最高50.0と低めに抑えたところにあるようです。
  最高ポイント数を低くすると、語全体の表情が抑えられるため、軽薄感や単純さが消え、反対に内面の深さをさりげなく表す味のある語になるのです。

  そのような「奥行き感」は、音の数の多い語の場合は割合出やすいですが、この語のように3拍でそれを表現することはむずかしいのです。
  この語がそれを可能にしたのは「ト・ヨ」の2拍が逆接拍だったことによるものです。
  逆接拍とは、子音と母音がプラスとマイナスの反対方向を向く拍で、ことばに深みや奥行きを作ります。逆接拍にはどんな拍があるのかなど、詳しいことは「日本語の音相」(P103)をご参照ください。(木通)

2005年11月18日(金)
「ドクヌキータ」という軽薄なことば?

 「ドクヌキータ」ということばが今流行っているようです。
  温泉やエステなど、美容に奔走する人たちを言うのだそうです。
  この語の分析 表の特徴は、「特殊性、若さ、現代的、シンプル(単純)、庶民的、明るさ、行動的、新奇さ、現実的…」が高点で並び、高点に並びそうな「高級感、高尚さ、 優雅感、爽やかさ」などが、ゼロポイントになっていること、情緒欄に情緒をあらわす語が1語もないことがあげられます。
  すなわち、この語には情緒性がまったくなく、行動だけが存在する「現代人」を捉えていることと、それを流し目で見ている第三の眼があることです。
  そのような現象に就く人々と、それを見ている人の心の内面を、的確な音で表現した、音相的にまことに優れたことばといえましょう。
(木通)


2005年11月18日(金)
美しい日本語を壊す「語末の長音カット」?

  昔から日本語の名詞には、「東京、運動、旅行、競争、哀愁、銀行…」などのように、語末に長音が多く使われています。
  これは漢語の流入を契機に生まれたもので、語末に安定感を作る上で大きな役割を果たしておりました。(参考図書「日本語の音相」第三章)

  ところが最近外国語の増加にともなって、原語の発音に近づけようとする配慮からか、「コンピュータ」、「センサ」、「プロデューサ」「エヌ・ティ・ティ(NTT社)」「イ・アイ・イ(E・I・E社)」など、語末の長音をカットする不自然な現象が目立つようになりました。

  だが、カットをするかしないかにルールや理論がないところから、「メニュー、ショー、アイラブユー、デビュー。…」のようにカットせずに使っている語が少なくありません。
  書き文字の場合は「とーきょー」を「とうきょう」と書くように決められており、それはそれでよいのですが、音が中心となる話しことばで語末の長音をカット すると、音の流れが不自然となり、語に安定感がなくなるため、書きことばに合わせることはできないのです。そのため日常会話の中で「センサ、コンピュー タ」などと言う人はどこにもいないのです。
  テレビなどのアナウンサーが台本に書かれた文字どおりに、長音をカットしてぎこちなく読んでいるのをよく見ますが、アナウンスを職業とする人なら、書きことばと話しことばの本質の違いぐらいは知っておいてほしいものです。
(木通)

2005年11月18日(金)
ネーミング戦略に生かしたい音相理論?

商品名は原則として、その商品らしい音を使って作らなければなりませんが、そこには種々の戦略を伴います。
  新しい市場が生まれるような新商品の名付けを行うときは、将来生まれるだろう商品群の代名詞にもなるような名付けをすることが必要で、その照準を誤ると独立した市場の形成どころか、商品自体の存在すら危うくする恐れがあるからです。
  また反対に、既存の商品がひしめく市場に同類の新商品を出すときは、その商品群が持つ傾向とかけ離れた音相で名付けることが有効な1つの戦略となるでしょう。
  爽やかな響きで作られたネーミングが多い「シャンプー」市場の中に「ザブ」という名の商品があったとします。
  「ザブ」という語を分析すると、「爽やかさ」の項がゼロ・ポイントであるように、暗く重たく淀んだ音でできていて、シャンプーのイメージがまるで浮かばないことばです。
  この名がもし、シャンプー市場の創生期に出ていたら、人々はこの商品をシャンプーという機能を持つ商品と認識するまでに相当な時間がかかったことでしょ う。だが、「爽やか」な音相が氾濫しているシャンプー市場に現れた「ザブ」は、その音響的な特殊感が個性をつくり、記憶効果をあげることにもなっているの です。
  このようなネーミング戦略を立てるにあたっては、ことばの音のイメージを解明した音相理論とその分析技術が重要な役割を果たすことになるのです。

  また音相理論は、企業内でのブランド体系の確立や、維持管理をめぐる課題の解消に大きく役立ちます。
  その1つに未使用商標のリストラ対策があげられます。
  企業では将来生れる商品のため、多数の未使用商標を社内に保有していますが、商標権を維持するため国に支払う継続料(税金)は毎年膨大な額に上っていま す。だがどの企業でも、それは権利を保持するための必要経費と考えられておりますが、その中には何十年保存していても、ネーミングとして使用に耐えないも のが少なからずあることです。
  そこで、遊休中の商標名を商品コンセプトごとに再評価して、不要のものを他部門へ回したり、企業外へ譲渡などの対策が必要ですが、それを行うには、商標名を客観的に評価できる音相分析の参加があって始めてなし得る作業です。
(木通)