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分析表と評価の実例

人びとに好評を得ているネーミングがどんな音をもっているかを、客観的な根拠によって明らかにしてみましょう。次に上げる分析表は、OnsonicTが取り出したデータを元に、専門家がコンピューターで把捉できない意味的、人間的、心的側面を加えて総合評価したものです。

分析表と次に掲げる評価文を対比しながらお読みください。

- 講評 -

「ペプシコーラ」
・・・音相感覚の確かさと優れた表現力
ペプシコーラの分析表はこちら
(注) 青い棒グラフの読み方
濃い青・・・「活力感、若さ、シンプル感、現代感」など、明るさや活性感などプラス方向を向く表情語。
淡い青・・・「高級、優雅、落ち着き、安定感」など、静的または非活性的なマイナス方向の表情語。
中間の青・・・プラス、マイナスどちらにも機能する表情語。
 表情解析欄の上位に並んでいる表情語「活性的、現代的、躍動的、若さ、庶民性、軽やかさ、明るさ、現実的、新奇さ」は、どれもが炭酸飲料のイメージを伝えるうえで欠かせられないものばかりです。
 そしてまたこの欄では、この商品の雰囲気表現に必要のない「優雅感、高級感、非活性感、安定感」など(薄青色の棒グラフ……注・参照)は、ごく低位にしかないし、「情緒解析欄」には情緒的なことばは1語も出ていません。この語がいかに、若さや躍動感など、活性的なものに中心をおいたことばであるのがわかるのです。
 その結果、コンセプト・バリュー欄では男女とも若年層に高い人気があることを示しています。
 このように、表現したいコンセプトを極めて的確に捉えていますが、さらに仔細に見てゆくと高度な音相的配慮がそこにあるのがわかります。
 それは難音感(言いにくさ)を逆用して、印象を深める工夫があることです。
 「特記事項」欄は、評価をする際とくに注意すべき事柄をコンピューターが機械的に取り出したものですが、この語には「難音感」が出ています。この語に難音感が生まれたのは、半濁音が2連続(ペプ)したからです。
 ことばの中に難音個所があると、音の流れがそこで乱れるため、難音感はなるべく避けねばならないものですが、この語の場合はその難音感を逆用して、口中で炭酸飲料の泡つぶがはじける触感をオノマトペ的に表現しているのです。
 コンセプトの的確な表現とともに、商品の特徴を生理的な実感に結びつけて表現した、まれに見る傑作といってよいでしょう。

- 講評 -

「トヨダ」から「トヨタ」へ
・・・世界的飛躍に貢献した音相パワー
「トヨダ」の分析表はこちら
「トヨタ」の分析表はこちら
 トヨタ自動車は3年連続1兆円超の最終利益をあげ、生産台数もGMを抜いて世界一となりました。
 「トヨタ自動車」の前身は「豊田自動織機」ですが、1937 年に独立して呼称も「トヨダ」から「トヨタ」へと変わりました。「ダ」が「タ」になっただけなのですが、音相論で分析するとそこには計り知れないほどの効果が感じられるのです。
 「ダ」(有声破裂音)という音が伝えるのは、「暗く重たく落ち着いた」イメージですが、「タ」(無声破裂音)が伝えてくるものはまったく反対の「明るさや活性感、躍動感など」です。
 そのため「トヨダ」から「トヨタ」への改称は、世間の人のイメージを変え、社員のメンタリティーを無意識のうちに一変させた効果があったと思うのです。
 そのことを今少し具体的にしてみようと、音相分析を行いました。
 まず、濁音の入った「トヨダ」を見てみましょう。
 表情解析欄の高点部分に、「静的(T)」,「高級感(R)」,「安定感(Q)」,「安らぎ感(P),「優雅感(S)など、気品や高尚さを作る表情語」がありますが、「クルマ」の表現には欠かせないモダンさやメカニカルなムードを作る表情語「強さ(J)」、「シンプル感(A)」、「軽快感(F)」、「活性感(D)」、「個性感(K)」どが極めて低いばかりでなく、とりわけ強調したい「庶民性(M)」や「都会性(H)」「活性的(D)」がゼロ・ポイントになっています。

 次に「トヨタ」を見てみましょう。
 表情解析欄では「庶民性、適応性(M項)」をトップにおき、近代感やメカニックなムードを作る「現代的(H項)」、「合理的(J項)」、「活性感(D項)」を高点で捉えたうえ、クルマにほしい気品や優雅感、高級感などを作る「安らぎ感(P項)」、「信頼感(Q項)」、「高級感(R項)」、「優雅感(S項)」、「静的(T項)」の各項も程よく取り入れています。
 また「トヨタ」は全体のポイント数を低目に抑えたことにより、語全体から奥行き感や情緒感が伝わります。
 改正前の「トヨダ」のように、表情語のポイント数を高めにすると、1つ1つの表情は明白になる代わりに、深いところからにじみ出るような奥ゆかしさがないのです。
 トヨタが世界のトップ企業にまで飛躍した裏側に、「音相」という目に見えないパワーが存在していたことを、私は強く感じるのです。

- 講評 -

「アクオス」(液晶テレビ)
・・・高尚・優美 だがメカ表現が弱い?
アクオスの分析表はこちら
 いま売れ筋の液晶テレビ、「アクオス」(シャープ社製)。
 分析表をみると、「清らか、爽やか(N)」をトップに置き、高尚、優美な雰囲気を作る薄青色の次の表情語を並べて、団欒(だんらん)の居間にふさわしいムードを伝えてきます。
 「高級感、充実感」(R項)」、「安定感、信頼感(Q項)」、「静的、非活性的(T項)」、「高尚さ、優雅さ(S項)」、「清潔感、健康的(O項)」、「暖かさ、安らぎ(P項)」
 この語の今1つの良さは、全体のポイント数を低めに抑えて表情語を圧縮したことと(前述したので省略します)、「逆接拍」を2音(拍…ク、ス)も入れて語全体に奥行き感を作っていることです。
 逆接拍とは子音と母音のB(明るさ)の値がプラスとマイナスの反対方向を向く拍をいい、この拍が入ると複雑さや厚みや奥行き感が語の中に生まれるのです。
 だがこの語で気になることは、高尚、優美さを追いすぎたため、重要なコンセプトである「メカ的な優位性」のアピールが弱くなっていることです。
 メカの優秀さを表すには、濃い青色グラフの表情語、「軽快感」、「進歩的」、「新奇さ」のほか、ここではゼロポイントになっている「シンプル感」、「活性感」、「現代的」「合理的」、「個性的」「鋭さ」などに高いポイントがなければならないのです。
 具体的な音で言えば、「イ」の母音をもつ無声子音(キ、シ、チ、ヒ音)とそれらの拗音および促音(「ッ」の音)などがほしいのです。
 このネーミングの制作時に考えられたコンセプトの細部を私は知りませんが、ネーミングの受けてである平均的日本人のことば感覚から捉えると、これらが1音でも入っていたら、さらに印象深い語になっていたはずです。

- 講評 -

「金」と「銀」のイメージ比較
・・・この違いはどこから生まれるのか
金の分析表はこちら
銀の分析表はこちら
 金は銀に比べて50倍も高価な金属ですが、「金」を使ったことばには「成り金、金満家、金歯,金ぴか」など、否定的意味を含んだネガティブ語にも多く使われます。
 一方、「銀」を使ったことばには、「いぶし銀、銀河、銀馬車、銀ぎつね、銀の匙(さじ)、銀座、銀の鈴」など、高級、優美で奥行き感のあることばに多く、ネガティブな意味の語には見られません。
 このようなイメージの違いを作る根拠は何かを捉えてみようと、音相分析をしてみました。
 「金」の表情解析欄のトップは「シンプル(単純)、庶民的(大衆的)」ですが、「銀」のトップは「高級感、静的、安らぎ感、安定感、優雅さ」で、「銀」の上位にあるこれらの語は「金」の分析表ではではゼロかそれに近いところにしかありません。
 また複雑さや奥行き感の程度がわかる複雑度欄は金はゼロでしが、銀は3と高いうえ、情緒解析欄の情緒語は銀には8個も出ているのに、金は4しかありません。
 以上から、「キン」の音相は派手で華やかではあるが単純で表面的ですが、「ギン」は地味で内面性の深さを感じる音であることがわかるのです。
 このようなイメージの違いがどこから生まれるのか。
 それは金の「キ」が順接拍、銀の「ギ」が逆接拍だからです。
 順接拍とは、子音と母音のB(明るさ)の値が同じ方向を向く拍(音節)をいい、逆接拍とは子音、母音のBの値がプラスとマイナスの反対方向を向く拍です。
 順接拍は単純、明瞭、動的、活性的などのイメージを作り、逆接拍は複雑、優雅、奥行き感など静的なイメージを作るからなのです。

 音相分析法はこのように、ことばの音に誰もが感覚的に感じている「イメージ」を、客観的な根拠によって明らかにする技術なのです。

- 講評 -

「東京メトロ」
・・・都市空間は伝わるが、人の息吹が聞こえない
東京メトロの分析表はこちら
 表情語を見ると「活性的(D項)」、「軽快感(F項)」、「安定感 (Q項)」、「充実感」(R項)」、「合理的 (J項)」、「高尚さ (S項)」などが高点に並んで、大都市らしいイメージを捉えた語であることがわかります。
 また最高点で「活性的(D項)」と、その反対方向を向く「非活性的(T項)」が並んでいるのも、矛盾するさまざまな価値観のひしめく都会の多様性と、そこにひろがる空虚感が見られます。 このような反対概念語の対立は、都市名や地名などを分析すると顕著に見られる傾向ですが、この語の場合はそれが複雑度「9」という異常な高さで示されています。
 その異常さは、表情解析欄の最高ポイント数を30.0と低く抑えたことと、子音と母音が反対方向を向く「逆接拍」が異常に多い(ト、キョ、ト、ロ )ことによるものです。
 最高ポイント数を50以下に抑えると語全体の表情語が圧縮されるため複雑度は高まりますし、逆接拍が全拍数の23%以上あるときにも生まれます。(この語では7拍:4拍=57%)
 この語は、大都会がもつ「複雑さと空虚感」を象徴化した音で正しく捉えていて作者の非凡な音相感覚がうかがえますが、この語に物足りなさを感じるのは、メトロをめぐる「人」の生活や息吹がイメージ的にはほとんど聞こえてこないことなのです。
 それは、「暖かさ (P項)」、「若さ (G項)」、「明るさ (I項)」などのポイントが極めて低いうえ、とりわけ表現したい「庶民的(M項)」や「賑やかさ(E項)」がいずれもゼロポイントになっているからです。